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言渡 平成28年12月16日
交付 平成28年12月16日
裁判所書記官
平成26年(ワ)第24336号 国家賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成28年9月27日
判決
埼玉県越谷市○町○丁目○番○号
原 告
同訴訟代理人弁護士 綱取孝治
同 三木優子
同 辛嶋 真
東京都新宿区西新宿二丁目8番1号
被 告 東京都
同代表者知事 小池百合子
同指定代理人 石澤泰彦
同 荒井幹人
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成26年10月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告が設置管理する東京都立葛飾特別支援学校(以下「本件学校」という。)に教諭として勤務していた原告が,被告に対し,担任をしていた本件学校の生徒(以下「N君」という。)の指導に関連して,本件学校の管理職員が,①N君の一人通学指導について原告の負担を考慮した体制整備を怠ったこと,②N君の母親(以下「N母」という。)から原告の指導に関して多数の
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要求がされたのに対して原告の職場環境への配慮を怠ったことにより,抑うつ状態となり通常の業務に戻ることができないまま定年退職に至ったと主張して,国家賠償法1条1項又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき,原告に生じた精神的苦痛に対する慰謝料200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26年10月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1)ア 原告は,昭和51年9月1日,東京都立学校教育職員として採用され,平成20年4月1日から本件学校において勤務し,平成25年3月31日に定年退職した者である。
イ 被告は,知的障害のある高校生を対象とする本件学校を設置,管理する地方公共団体である。
ウ N君は,平成24年4月(以下,特に記載のない月日は平成24年の月日である。),本件学校に入学し,1年A組に在籍することとなった。
エ 千葉佳子教諭(以下「千葉教諭」という。)は本件学校の平成24年度の1年A組の主担任であり,原告は副担任であった。
(2)N君は,本件学校の入学後,本件学校への通学には保護者などが付き添っていたところ,N母は,5月10日,家庭訪問に訪れた千葉教諭及び原告に対し,保護者の付添いなしに通学する一人通学に向けた指導の開始を要望した。
(3)N母は,平成24年度に本件学校の校長を務めていた葛岡裕(以下「葛岡校長」という。)を訪れ,N君の一人通学について相談をした。葛岡校長は,6月上旬又は中旬頃,原告に対し,N君の一人通学指導の計画を作成するよう命じた。
(4)葛岡校長は,7月6日から1学期が終わるまで,自ら原告の授業観察を行い,又は中村良一副校長(以下「中村副校長」といい,葛岡校長と併
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せて「本件管理職ら」という。)若しくは1年生の主幹教諭であった中村真理教諭(以下「中村主幹教諭」という。)にこれを行わせた。
(5)本件学校は,1学期の終業式が行われた7月20日,N君に対し,「学期のまとめ」と題する書面(以下「本件学期のまとめ」という。)を交付したが,本件学期のまとめの担任欄には千葉教諭の氏名のみが記載され,原告の氏名は記載されなかった。
(6)原告は,7月20日,本件管理職らと面談し,葛岡校長は,原告に対し,生徒の夏季休業中に教材研究を行うよう命じた。
原告は,その後,同月25日,8月7日,14日,21日及び28日,本件管理職らと面談を行った。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1)一人通学指導に必要な体制整備を怠った過失(争点(1))
【原告の主張】
ア N君については,一人通学指導が2,3週間程度では終わらないことが予想されたのであるから,本件管理職らは,N母に対して一人通学指導の開始を承諾する意向を伝える前に,担任である原告の負担が格別大きくならないよう,他の教員にも役割分担をさせる義務を負っていたのに,これを怠った。
イ N君には飛び出しの傾向があったことからすれば,一人通学指導の実施中に不慮の事故が発生する恐れが大きい一方で,一人通学指導は勤務時間外に及ぶことが明らかであるから,本件管理職らは,勤務時間外に事故が発生した場合の責任の所在を明確にするよう原告から求められたのに応じて,原告に対し,学校の責任の下で一人通学指導を行うことを明示し,原告の精神的な負担を軽減する義務があったのに,これを怠った。
ウ 以上のとおり,本件管理職らは,N君に対する一人通学指導について
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必要な体制を整備する義務があったのに,これを怠ったものであって,このことは国家賠償法1条1項の過失及び安全配慮義務違反を基礎付けるものである。
【被告の主張】
ア N君については東京都が交付する愛の手帳の障害程度が2度であって,3度や4度である生徒よりも指導が困難であるから,一人通学指導において設定する目標も段階的になるよう配慮すべきであるところ,原告は,そのような指導計画を何ら作成することなく,漫然と最初から完成形を想定して自分一人では対処できないなどと述べているにすぎず,本件管理職らが,教員の役割分担を作成する義務を負っていたとはいえない。
イ また,職務として行われるものであれば,勤務時間外に行われる場合であっても原則として指導者が個人的な責任を問われることがないのは自明であって,責任の所在を明確にするためなどとして,文書での回答を要求した原告に対し,本件管理職らが,文書の作成に応ずる義務を負っていたとはいえない。
ウ 以上によれば,本件管理職らは,原告に対し,N君の一人通学指導について必要な体制整備をする義務を負っていたとはいえない。
(2)原告の職場環境の保護を怠った過失(争点(2))
【原告の主張】
ア モンスターペアレントであるN母は,原告に対し,他の生徒の保護者には類を見ない多数の要求を頻回にわたり行っていたところ,N君の一人通学指導の実施についても,本件管理職らは,その開始に否定的であった原告の意見の根拠を理解し,原告を含む関係者で協議して本件学校としての見解をN母に明示することによって,原告だけが矢面に立たないようにすべきであったのに,これを怠った。
イ 本件管理職らは,N母が本件学期のまとめの担任欄から原告の氏名を
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削除するよう要求した際,これを拒絶すべきであったのに,拒絶することなく削除に応じた。
ウ 本件管理職らは,N母が原告の指導力不足を不当に指摘したのに対して,原告に対し,授業観察及び面談を実施し,また教材研究を行うよう命じたが,これらは本来不必要なものであった。
エ 本件管理職らは,原告を教育現場から排除してほしい旨のN母の理不尽な諸要求に応じられないことを明示し,もって,原告のみが攻撃対象とならないようにする義務があったのに,これを怠った。
オ 以上のとおり,本件管理職らは,N母からの多数の要求に対して原告の職場環境に配慮する義務があったのに,これを怠ったものであって,このことは国家賠償法1条1項の過失及び安全配慮義務違反を基礎付けるものである。
【被告の主張】
ア N母はモンスターペアレントではなく,N母がN君について一人通学指導の実施を望んだのは本件学校に対する要望としてもっともなことであって,この要望に対応できない原告の未熟な指導力に問題があったのであるから,本件管理職らは,一人通学指導の開始に否定的であった原告に理解を示し,これを前提にN母に対応すべき義務を負っていたとはいえない。
イ 本件学期のまとめから原告の氏名を削除するのは,原告の言動により傷ついたN母の心情を考慮するとやむを得ないところであった。
ウ 原告に対する授業観察は,保護者からの苦情が正しいものかなどを確認するために必要な措置であるし,面談や課題作成も,原告に対し,N母との確執の解消の糸口を見つけられるよう促すものであって,これらを実施した本件管理職らの措置は適切であった。
エ N母は,N君が原告から直接的な指導を受けないようにしてほしいと
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の要望をしたが,これは原告の指導によって,N君が培ってきた日常生活の力が後退することを恐れたことによるものであり,本件管理職らは適切に対応した。
オ 以上によれば,本件管理職らは,原告に対し,N母からの要求に対して原告の職場環境への配慮をする義務に違反したとはいえない。
(3)損害(争点(3))
【原告の主張】
原告は,N君の一人通学指導の問題が生じた6月以降,病院に通院し,抑うつ状態との診断を受け,薬を服用するようになったほか,ストレスで体調を崩したことにより,9月以降,病気休暇を取得するようになり,その後も通常の教職員としての業務に戻ることなく,平成25年3月31日に定年退職となった。
このように,原告は本件管理職らの一連の行為によって精神的苦痛を被ったものであり,これに対する慰謝料は200万円を下らない。
【被告の主張】
争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記争いのない事実,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)N君は,東京都立墨田特別支援学校小学部を卒業後,平成21年4月1日,同学校中学部(以下「本件中学部」という。)に入学し,遠藤隼教諭(以下「遠藤教諭」という。)は,N君の本件中学部の1年次から3年次までの担任であった。
遠藤教諭は,N君の本件中学部における一人通学(下校)指導の計画として,第1段階は本件中学部から本件中学部の最寄り駅までの間を,第2
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段階は本件中学部から帰宅途中の乗換駅までの間を,第3段階は本件中学部から上記各駅を経て自宅の最寄り駅までの間を,一人で通学することができるようにするという三段階の計画を立案した。同計画では,第1段階及び第2段階は目標とすべき期間を具体的に定めていたが,第3段階は期間未定とされていた。
N君は,遠藤教諭の指導の下,上記の計画に沿って継続的に一人通学の練習に取り組み,1年次には本件中学部から約600メートル離れた本件中学部の最寄り駅までの区間を徒歩により一人で通学できるようになり,2年次の3学期以降は本件中学部から上記最寄り駅を経て乗換駅まで,徒歩と電車により一人で通学できるようになり,3年次には,上記区間を一人で安定して登下校することができるようになった。
(以上につき,乙4,11(枝番を含む。以下,枝番のあるものについて特に断らない限り同じ。),12,弁論の全趣旨)
(2)N君は,平成24年4月に本件学校に入学し,1年A組(普通学級)に配置された。N君は,本件学校入学当時,知的障害,広汎性発達障害があるとされており,簡単な指示理解や身振りによる意思表示はできるものの,発語はなく,質問に対しての返答が難しい,集中して話を聞くことが難しいなどコミュニケーションが難しい状況であった。平成24年度の本件学校の1年A組の生徒の構成は,男性が5名,女性が2名であり,東京都が交付する愛の手帳の保有状況は,重度である2度はN君のみであり,中度である3度が1名,軽度である4度が5名であった。(乙1,5,弁論の全趣旨)
(3)平成19年6月27日に改正・公布された学校教育法72条によれば,特別支援学校は,障害者等に対し,幼稚園,小学校,中学校又は高等学校に準ずる教育を施すとともに,障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とするものである。
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そして,上記改正を踏まえ,特別支援学校の学習指導要領等についても,障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服するための指導領域である「自立活動」につき障害の重度・重複化,多様化に応じた指導を充実すること,一人一人に応じた指導を充実させること,自立と社会参加に向けた職業教育を充実することなどの改訂が行われた。(甲18)
障害児教育において,自立や就労は外すことのできない目標であるとも指摘されるところ,自主通学は,社会の中で生きていくためのルールやマナー,自立心など計り知れない社会適応能力が養われる,よりよい社会参加を目指すためにはどうしてもクリアしておかなければならない課題であるなどと指摘されている。(乙21(105頁))
(4)本件学校は,N君が入学した平成24年度の教育計画において,指導の重点として,普通学級であるか重度・重複学級であるかを問わず,一人通学を推進するために必要な生徒について「一人通学計画書」を作成し,家庭と連携して生徒の実態に応じた通学指導を行い,計画書の作成,活用に当たっては,「一人通学指導マニュアル」を参考にして,意図的,継続的に指導を進めるものとしている。かかる教育計画は,関係者に年間指導計画として周知され,保護者には「一人通学指導マニュアル」が配布されている。「一人通学指導マニュアル」には,東京都の特別支援学校のスクールバス乗車基準として,高等部に在籍する生徒については,原則一人通学とするが,重度重複学級在籍生徒等で一人通学が困難な生徒は一人通学が可能になる時期まで乗車することができる旨が記載されるとともに,一人通学の指導における配慮事項として「段階的に日常の生活の中で確かめていきましょう。指導段階でトラブルやつまずいた場合は前段階に戻って指導を行うことも大切です。進めるばかりでなく原因を探り,必要な基礎の力を身につけましょう。」という記載がある。(甲1,乙1,6,弁論の全趣旨)
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(5) 本件学校においては,生徒による記載を主目的とする連絡帳があったが,原告は,N母による記載量には不足すると考え,N母から本件中学部の書式を聴取するなどして,4月11日頃までに,「家庭からの提出物」「家庭での様子,連絡事項」,学校からの「連絡事項」等の欄をもうけた独自の書式(以下「本件連絡帳」という。)を作成し,N君についてはこれを用いることとした。(甲10の2,弁論の全趣旨)
(6) 原告は,4月16日から同月20日までの1週間を踏まえ,てんかんを持っているN君については,視界に入れておく必要があり,また,水道の蛇口で水を口に入れたり砂いじりに夢中になったり,急に走り出すなどの特性があると考えた。(甲10の3,乙5)
(7) N母は,5月10日,家庭訪問に訪れた千葉教諭及び原告に対し,N君に対して一人通学に向けた指導を開始することを要望した。しかし,本件学校は,校舎とグラウンドとの間に公道があり,横断歩道を渡る必要があるところ,千葉教諭及び原告は,N母に対し,N君は道路を横断する際の安全確認が不十分であり,もうしばらく様子を見てはどうかと提案し,N母は,これに同意した。(甲12,原告本人)
(8) N母は,5月14日,本件連絡帳に,下校時のお迎えの人数が急に減ったとして,同月26日の体育祭明けくらいから,本件学校と本件学校の最寄りバス停との間について一人通学の練習に入りたいが,いかがなものでしょうか,と記載した。なお,N君が利用する本件学校の最寄りのバス停は,金町駅の手前にある「金町三丁目」であり,本件学校から金町駅までは徒歩8分とされており,本件学校から「金町三丁目」のバス停までの間には,交通量の多い横断歩道や京成金町線の踏切があった。(甲3の1,12,13,乙1,2)
原告は,これを受けて,本件連絡帳に,「一人歩きの練習ですが,ヘルパーさんとかが後追いしていただけるのでしょうか。現在,下校後は担任
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が後追いできる状態ではありません。また,現状では,教員が2~3週間追って離れることは不安です。」などと記載した。(甲3の1,原告本人)
これに対し,N母は,分かりました,では登校から少しずつ先を歩かせるようにして一人でバス停から学校まで行けるようにしていきます,と記載した。(甲3の1)
(9) 本件学校は,6月4日から8日までの間,授業参観週間であったところ,N母は,同月6日,本件連絡帳とは別の紙を用いて,本件学校が一人通学について消極的であることについて納得がいっていない,中学のときは本件中学部から帰宅途中の乗換駅までの間を一人で通学していたのに,N君の幼少時から中学3年生までの努力を否定されて大変悲しい,N君の力を信じて登下校時にはN母において一人通学の練習を開始しようと思うという趣旨の記載をした。(甲3の2,乙2,弁論の全趣旨)
原告は,同日,N母に対し,指導の体制ができていないし,原告が個人的に行うとしても2,3週間なら行うことができるが,それ以上は無理であって,N君の場合には見通しがつかない,などと伝えた。(甲15)
(10) N母は,6月7日頃,葛岡校長に対し,N君は本件中学部では一人通学に取り組んでいたのに,本件学校においては一人通学指導に時期尚早として取り組んでもらえないなどと相談した。
葛岡校長は,千葉教諭及び原告から個別に事情を聴取するなどしたが,原告は,N君の一人通学指導を開始することは困難であるという立場を維持した。
一方,千葉教諭は,当初は一人通学指導の開始に否定的な立場であったが,葛岡校長との話合い等を踏まえ,6月8日,本件連絡帳に,学校でもできるところでN君の一人通学のバックアップを考えていきたいと思っている,慎重すぎて申し訳ないと記載した。
(以上につき,甲3の2,証人葛岡裕(以下「証人葛岡」という。),原告
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本人)
(11) 中村主幹教諭は,葛岡校長の命を受けて,6月14日頃,N君に対する一人通学指導計画書(乙27)を作成した。
同計画書では,本件学校と「金町三丁目」バス停との間の徒歩区間をステップ1からステップ5までの5段階に分け,徐々に一人で歩く区間が長くなるように計画されており,最終のステップ5では,「金町三丁目」バス停から自宅の最寄りのバス停までのバス乗車区間も一人で通学することとされている。期間目標としては,ステップ1及び2が1学期,ステップ3が2学期,ステップ4が3学期とし,ステップ5については,安全確認が確実に行えるようになってから実施開始日を決定したいとしている。
そして,下校時の学校の支援としては,ステップ1では,教員は,N君を送り出した後,本件学校のグラウンドの北側を西端から東端まで歩くN君を見守るというものであって,その所要時間は5分から10分程度と想定され,ステップ4でも,教員は,本件学校のグラウンドの北側を西端から東端まで歩き,その後,同所において北に歩いて行くN君が見えなくなるまで見送るというものであり,その所要時間は15分程度と想定されるものであった。
(以上につき,甲12,乙27,証人葛岡)
(12) 葛岡校長は,6月15日,原告と面談し,N母が,葛岡校長に対し,①1年A組の担任から原告を外す,②学校としてできないことは年間指導計画に書かない,③原告の研修実績の提示,④授業観察をして管理職から原告に対する指導の実施,をそれぞれ要望していることを伝えた。(甲2の1,乙25)
原告は,この頃,本件管理職らに対し,一人通学指導中に事故が起きた場合の責任について念書を記載するよう求めたが,本件管理職らは,これを拒絶した。(甲15,証人葛岡)
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(13) N母は,6月20日,原告とN君の一人通学指導について会話したことを受けて,本件連絡帳とは別の紙を用いて,原告に対し,原告から一人通学指導の関係で学校に何かを強く言ってもらったとの件について,原告から「40分」「ボランティア」「事故」という発言があったが,その趣旨が分からなかったので紙に書いて説明してほしい旨を依頼した。これに対し,原告は,本件連絡帳に返答を記載し,上記発言の趣旨は,休憩時間中に指導をしていて事故が起きたときの責任を誰が取るのか,ボランティアで行っていた担任が責任を取るのか,というものであって,休憩時間を別途取ることとし,指導は業務であるから責任は学校にあるということで解決した旨を回答した。(甲15,乙3,弁論の全趣旨)
(14) N母は,葛岡校長に対し,7月2日,原告を1年A組の担任から外すことや9月に予定されている宿泊行事を引率させないように求め,教育委員会等に相談に行く旨を述べたが,葛岡校長は,N母の要求を拒絶した。その上で,葛岡校長は,N母に対し,自ら授業観察を行ったり,宿泊行事に副校長を同行させたりするなどして,原告の指導をしていくと述べ,実際,葛岡校長は,7月6日以降,原告の指導状況を確認することを主目的として,1学期の終了に至るまで,原告の授業観察を行い,又は中村副校長若しくは中村主幹教諭にこれを行わせた。なお,原告は,7月9日から11日まで,17日,19日に年次有給休暇を取得したことから,7月6日から1学期の終了までの間で出勤したのは,7月6日,12日,13日,18日,20日の5日間のみであり,原告が出勤した日には,おおむね毎日授業観察が実施された。(甲2の2,8,15,26,証人葛岡)
(15) 葛岡校長は,7月6日,原告に対し,N母が本件学期のまとめに原告の氏名を載せないように求めていることを告げた。(甲2の3)
また,葛岡校長は,同月13日,原告に対し,N母の感情を和らげることを主たる目的として,N母の上記求めに応ずることを告げたが,原告は,
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特段,異議を述べなかった。(甲2の4,15)
(16) 原告は,7月11日,三楽病院精神神経科を受診し,佐藤医師に対し,6月頃から不眠,下痢等の症状が出ていると訴えたところ,暫定的には心因性の抑うつ状態ではないかとの診断を受け,漢方薬の処方を受けた。(甲7)
(17) 本件学校においては,7月20日,1学期の終業式が行われ,本件学校は,N君に対し,原告の氏名が担任欄に記載されていない「学期のまとめ」と題する書面(本件学期のまとめ)を交付した。もっとも,N君以外の1年A組の生徒の「学期のまとめ」には担任欄に原告の氏名が記載されているほか,本件学校が保管する指導要録等の公薄にはN君についても担任欄に原告の氏名が記載されていた。(甲2の4,証人葛岡)
(18) 原告は,本件管理職らと,7月20日の1学期の終業式以後,以下のとおり面談した。
ア 7月20日午後4時23分頃から午後4時55分頃まで(甲4の10)
葛岡校長は,冒頭,原告に体調は大丈夫であることを確認した後,1学期の授業観察の結果として,原告に指導力が全くないというわけではないなどと述べ,中村副校長も,S君の時には原告が冷静に行動することができていたなどと述べた。他方で,N君のことについて,葛岡校長は,N母と1対1の場面を作らない,直接的な指導をしないようにする,信頼を回復するようなやり方を続けていくとの方針を示し,中村副校長は,N母が,自立に向けた方向性が違うと述べており,自立に向けて可能な限り一人で行わせてほしいという要望を出していることを伝えた。その上で,本件管理職らは,原告に対し,生徒たちの夏休み中に教材研究をして,準備してもらえないかと求め,葛岡校長は,作ったものが使えない場合があるから,一緒に考えましょうなどと述べた。
イ 7月25日午前11時35分頃から正午頃まで(甲4の1)
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葛岡校長は,原告に,教材研究の進捗状況を確認したところ,原告は,指示を受けてからまだ4時間しか教材研究の時間がとれていないと答えた。
また,葛岡校長は,原告に対し,N母が原告の専門性を問うている中で教材研究をして証明してほしいこと,教材を作成すれば,N母が認めなくても本件管理職らが理解するので,毎週木曜日の午前中に進捗状況を報告にきてほしいと伝えた。
さらに,葛岡校長は,佐藤医師からの診察状況を確認し,原告は,病気休暇を取得する場合には校長に申し出て医師との相談日を決めることになること,1学期の間も出勤することができなくなってしまう日があったことなどを伝えた。
ウ 8月7日午前11時頃から午後0時05分頃まで(甲4の3)
葛岡校長は,原告に対し,体調を尋ね,原告が以前よりも良好であって,通院も週休日である土曜日に行けば足りそうであることを確認した。また,本件管理職らは,原告による教材の作成状況を確認した上,原告に対し,この面接の目的を理解しているか,また,N母からの信頼が壊れた原因を尋ねた。原告は,本件管理職らに対し,信頼が壊れた原因として,N君に対する評価の違いがあると考えられる旨を説明し,N母が納得できないのなら,納得できるようにする気があるなどと伝え,中村副校長もどのようにやっていくか原告と管理職とで考えることが大事であると述べた。
しかし,原告は,同日の面談で,こうした面接は2名対1名で行っていて拷問ではないかなどと伝えた。
エ 8月14日午前10時28分頃から午前11時頃まで(甲4の4・5)
葛岡校長は,原告に対し,健康状態を確認したところ,原告は,葛岡校長に対し,漢方以外の薬剤も服用するようになったと伝えた。
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また,中村副校長は,N母が原告に指導力がないなどとしている根拠が6つあるとして,6項目を提示した。その1項目目が,本件中学部で行っていた一人通学の練習を本件学校では行うことができない根拠について納得できる説明がないということであった。
オ 8月21日午前11時から午前11時55分頃まで(甲4の6・7,甲5の1・2)
8月21日の面談は,葛岡校長と原告とのみで行われた。原告は,葛岡校長に対し,8月30日に三楽病院に行って病気休暇の相談をしたいと述べたところ,葛岡校長は,8月30日よりも前に三楽病院に行かなくてよいのかなどと尋ねた上,教材作成の進捗状況を確認した後,N母から信頼を失ったことについて一致して対応しなければならないなどと述べた。
また,原告は,葛岡校長に対し,保護者からの信頼を失った原因は,N母と校長とのやり取りが不明であり,情報格差が大きく,また,副校長にN母がイメージしている一人通学の内容を聞いてほしいというお願いを6月7日にしたのにこれをしてもらっていないし,本件中学部の計画書や書式の入手をお願いしたのにこれをしてもらっていないことであるなどと記載した書面を提出した。
カ 8月28日午前11時10分頃から(甲4の9,5の3)
原告は,葛岡校長に対し,N母から信頼を失った原因について,N母から読むように言われた本を読まずに返却したことであると記載して提出した。
また,原告は,本件管理職らに対し,8月30日に病院に行って,病気休暇の相談をすると伝えた。
(19) N君は,2学期以降も担任である千葉教諭並びに学年主任及び主
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幹教諭の援助による一人通学指導を受け,本件学校から「金町三丁目」バス停の手前まで一人で徒歩により移動するステップ4までは達成したが,一人でバスに乗って自宅近傍のバス停で降車するステップ5までは達成することができなかった。(乙27,証人葛岡,証人中村良一)
2 上記事実認定の補足説明
原告は,上記事実認定において基礎としたN君の本件中学部時代の指導要録(乙11の1・2)について,本来,中学部時代の3年間で1通の指導要録が作成されるべきであるにもかかわらず,これが1年次及び2年次と3年次とで分けて2通作成されているのは,不自然であって偽造であると主張する。
しかし,証拠(乙24の1・2)によれば,平成21年3月9日,文部科学省から指導要録等の取扱いについての通知が発出されたのを受けて,東京都においては,同月16日,指導要録の様式等の改訂を行い,N君が対象となる平成21年4月入学者については,新しい様式による改訂のとおり取り扱うものとする一方で,その後に別途新たに示す取扱いをもって正式な改訂を行い,本格実施とする旨の事務連絡が発出されたこと,平成23年3月までに,東京都は,新たな取扱いを示し,既に在学している児童又は生徒の指導要録については,従前の指導要録に記載された事項を転記する必要はなく,新しい指導要録に併せて保存することとする旨が定められたことが認められる。
このような状況において,本件中学部が,N君が3年生となる平成23年4月からは,本格実施前とは異なる新たな様式により指導要録を作成することに取扱いを変更し,旧様式と新様式を併せて保存することとしたとしても,不合理であるということはできない。なお,東京都の定める本格実施の時期は,中学部については平成24年度からとされていたが,本件中学部が平成23年度に既に示されていた新たな様式を用いたとしても,不自然とはいえない。
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以上に加え,本件中学部において,N君の本件中学部時代の指導要録を偽造する動機は何ら窺われないこと,記載の様式及び内容に特段,不審な点があるとは認められないことを総合すると,乙11の1及び2は,いずれもN君の本件中学部時代の指導要録として,真正に成立したものと認めることができる。
よって,原告のこの点の主張は採用することができない。
3 争点(1)(一人通学指導に必要な体制整備を怠った過失)について
(1)原告は,N君の一人通学指導が2,3週間程度では終わらないことが予想されたのであるから,本件管理職らは,N母に対して一人通学指導の開始を承諾する意向を伝える前に,担任である原告の負担が格別大きくならないよう,他の教員にも役割分担をさせる義務を負っていた旨を主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,一人通学指導は段階的に行われるべきものであるから,N君のように重い障害を持つ生徒の場合にはその指導期間が長期間になると予想されるものの,初期の段階から個々の生徒の一人通学指導自体の負担が格別に大きくなるものとはいえず,実際にも,N君に対する一人通学指導は,卒業するまで継続的に行われたものの,個別の一人通学指導に要する時間は,ステップ1では1回5分から10分程度,ステップ4でも1回15分程度であると想定されるものであって,それ自体が過度に長時間であるとはいい難い。また,N君が配置された1年A組の他の生徒6名は,いずれも障害の程度がN君よりも軽微であったのであり,他の生徒の一人通学指導の負担が当時問題となっていた形跡もない。そして,原告は,その母親の介護等のため休暇を取得することが予期されるとしても(甲26,27),休暇を現実に取得する時点において,学年主任や主幹教諭の援助を受けることによって,十分に分担可能なものであり,実際,本件では,その後,担任である千葉教諭が,学年主任や主幹教諭の援助を受けるなどして,N君の一人通学指導を行ったものである。
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以上によれば,本件管理職らが,N母に対して一人通学指導の開始を承諾する意向を伝える前に,他の教員にも役割分担をさせる義務を負っていたということはできないから,原告の上記主張は採用することができない。
(2)次に,原告は,本件管理職らが,勤務時間外に事故が発生した場合の責任の所在を明確にするよう原告から求められたのに応じて,原告に対し,学校の責任の下で一人通学指導を行うことを明示し,原告の精神的な負担を軽減する義務があった旨を主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,原告自身が,6月20日にN母から原告の発言について説明を求められたのに応じて,休憩時間中に一人通学指導をしていて事故が起きたときの責任を誰が取るのかという問題については,休憩時間を別途取ることとし,指導は業務であるから責任は学校にあるということで解決したと回答したことが認められ,本件管理職らは,原告に対し,事故時の責任の所在について説明をしていたことがうかがわれる。また,原告がN母に対して上記の回答をしたということは,事故時の責任の所在に関する問題が原告に何らの精神的な負担を生じさせるものではなかったというにほかならない。
したがって,本件管理職らが,原告に対し,一人通学指導中に事故が発生した場合の責任の所在を明言する義務を怠ったということはできず,原告の上記主張は採用することができない。
(3)以上によれば,本件管理職らが一人通学指導の体制整備を怠ったとする原告の主張は,いずれも採用することができない。
4 争点(2)(原告の職場環境の保護を怠った過失)について
(1)原告は,本件管理職らが,N君の一人通学指導の開始に否定的であった原告の意見の根拠を理解し,原告を含む関係者で協議して本件学校としての見解をN母に明示することによって,原告だけが矢面に立たないようにすべきであった旨を主張する。
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そこで検討するに,前記認定事実によれば,障害児教育にとって,自立は外すことのできない目標であるとされ,改正学校教育法の下では,特別支援学校は,単に教育を施すにとどまらず,障害による生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることをも目的としており,特別支援学校の学習指導要領においても,障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服するための指導領域である「自立活動」につき障害の重度・重複化,多様化に応じた指導を充実すること等の改訂がされたところ,自主通学は,社会適応能力を養うことができ,社会参加を目指すために避けては通れないものであると指摘されていることが認められ,一人通学への取組は,上記目標・目的を実現するための重要な手段となるものであると考えられる。そのような中で,本件学校でも,N君が入学した平成24年度の教育計画において,一人通学の推進を指導の重点とし,一人通学指導を普通学級はもとより,より障害の程度の重い重度・重複学級においても積極的に取り組んでいくこととされており,そのために必要な生徒について「一人通学計画書」を作成し,家庭と連携して生徒の実態に応じた通学指導を行うこととされ,保護者には「一人通学指導マニュアル」が配布されていたものである。
そして,N君の能力面についてみても,現に本件中学部において一人通学に取り組み,本件中学部から約600メートル離れた最寄り駅までの徒歩通学と本件中学部の最寄り駅から乗換駅までの電車通学について安定して一人で登下校することができるようになったのであって,一定の成果を上げていたことが認められる。このことを踏まえると,本件学校に入学して通学ルートが変更されたことに伴い,しばらくは一人で安定して登下校することは困難になったにせよ,段階を踏むことにより,ある程度の区間については一人で通学できるようになる可能性が高かったものということができ,現に,N君は,その後の一人通学指導により,卒業時までには本
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件学校と最寄りのバス停の近くまでの区間について一人で通学できるようになったことが認められる。
以上によれば,本件管理職らとしては,保護者から一人通学指導の要望があった場合には,特別支援学校である本件学校の設置目的及び教育方針を踏まえ,生徒の能力を勘案し,可能な限りこれを実現させる方向で検討すべきものであり,本件においても,N母からの要望を受けて,本件中学部における一人通学の実績があったN君について一人通学指導を段階的に実施することとしたのは,合理的で適切な判断であったと評することができ,現に,N君が本件学校の在学中に一人通学計画のステップ4にまで成長したことからすると,本件管理職らの上記判断は結果的にも正当なものであったということができる。
したがって,本件管理職らがN君の一人通学指導の開始について原告の意見を尊重した見解をN母に明示する義務があったとはいえず,原告の上記主張は採用することができない。
(2)原告は,本件管理職らが,N母が本件学期のまとめの担任欄から原告の氏名を削除するよう要求した際,これを拒絶すべきであったのに削除に応じた旨を主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,一人通学指導等をめぐって原告の教諭としての専門性に不信感を抱いたN母が,本件学期のまとめの担任欄から原告の氏名を削除するよう求めたのに対して,葛岡校長は,N母の感情を和らげることを目的として本件学期のまとめの担任欄に原告名を掲載しない措置を決めたものであることが認められる。そして,前記(1)で検討したところに照らすと,N君に対する一人通学指導について,先の見通しがつかないなどとした上で,責任の所在の明確化を求めたり,他の教員への役割分担を求めたりなどしている原告の一人通学指導に関する見解は,本件学校の教育方針に沿わない面があったばかりでなく,十分な合理性も
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なかったものといわざるを得ず,その反面として,葛岡校長は,N母の感情を和らげる必要に迫られていたものということができる。そして,葛岡校長は,原告に対し,7月6日には上記の要求がN母から出されていることを告げ,同月13日,改めて,N母の求めに応じて本件学期のまとめの担任欄に原告の氏名を記載しないことを告知しているものであり,その間,原告からは何ら異議が出されなかったものである。加えて,本件学期のまとめは,本件学校が生徒に対して交付する書面であって,担任である教諭に,自らの氏名の掲載を求めることができる独自の法的利益があると解することはできず,学校において保管される指導要録等の公簿には,原告の氏名が担任名として残されるのであるから,本件学期のまとめに原告の氏名が記載されないとしても,原告に著しい不利益を甘受させるものともいえない。
以上によれば,本件管理職らが,本件学期のまとめの担任欄から原告の氏名を削除するよう求めるN母の要求に応じたことは,本件管理職らに課された義務に違反するものではないから,原告の上記主張は採用することができない。
(3)原告は,本件管理職らが授業観察及び面談を実施し,また,教材研究を行うよう命じたことが違法である旨を主張する。
ア 授業観察について
葛岡校長は,本件学校の校長として,校務をつかさどり,原告を含めた所属職員について監督するものとされており,中村副校長は,本件学校の副校長として,校長を助け,命を受けて校務をつかさどるものとされているところ(学校教育法82条,37条4項,5項),原告に対する授業観察は所属職員に対する監督の一環として行われたものということができる。
そして,N母は,原告の教諭としての専門性に不信感を抱き,葛岡校
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長に対し,原告を1年A組の担任から外してほしいなどという要求をするに至ったものであるが,本件管理職らが原告の授業観察をした目的は,保護者がそのような要求をするに至った理由を検討するために,原告の授業観察を行って事実の確認をし,保護者の要求への対応を示すことにあったものと認めることができ,こうした目的は合理的なものであったといえる。
また,その期間についてみても,前記認定のとおり,授業観察が行われたのは7月6日以降であって,1学期が終わるまでの2週間程度のうち,原告が出勤したのは5日間のみであるから,すべての出勤日に行われたとしても,最大で5日間であり,過度に長期間にわたっていたということはできない。
以上を総合すれば,本件管理職らが行った原告に対する授業観察が,所属職員に対する監督権限を有する管理職としての裁量の範囲を逸脱するものとはいえないから,授業観察の実施が違法であるとはいえない。
イ 面談及び教材の作成について
前記認定のとおり,本件管理職らは,生徒が夏休みの期間中,おおむね週1回の頻度で原告と面談をするとともに,原告に対して教材の作成を求めたものである。
まず,本件管理職らが上記の面談を行い,教材作成を命ずるに至った経緯についてみるに,N母は,一人通学指導を実施しないことについて原告から納得のいく説明を得られないこと等に端を発して原告に対する信頼感を喪失したものであるところ,前記(1)において説示したところに照らせば,原告が一人通学指導について消極的であったことは,特別支援学校や障害者の教育についての原告の専門性に疑問を抱かせるものであり,そのことにより,N母が,原告に対する信頼感を喪失したとしても,やむを得ない面があったというべきである。そして,上記面談や教
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材作成の目的は,葛岡校長がN母から原告をN君の担任から外してほしいなどの要求を受ける中で,N母の信頼喪失の原因を検討するとともに,原告に教育的専門性があることを実証するところにあったということができるから,その目的が不合理なものであったとはいえない。
また,面談の頻度及び時間についても,前記認定事実のとおり,1週間に1度,30分から1時間程度行うというものにすぎず,それ自体が過度なものであるということはできない。さらに,その内容についてみても,葛岡校長は,原告に対し,原告の体調をまず確認するなどしながら,上記目的に沿って,原告に対し,信頼回復のためにどのようにやっていくのがよいか共に考える姿勢を示しつつ,信頼喪失の原因を検討し,また,並行して,教材作成の状況を定期的に確認したものであって,不当なものであったとはいえない。
以上を総合すれば,本件管理職らが面談を実施し教材研究を命じたことが違法であったとはいえないから,原告の上記主張は採用することができない。
(4)原告は,本件管理職らが,原告を教育現場から排除してほしい旨のN母の理不尽な諸要求に応じられないことを明示する義務を怠った旨を主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,葛岡校長は,7月2日に,N母から,①原告を1年A組の担任から外すこと,②原告を9月に予定されている宿泊行事の引率から外すことを求められた際に,いずれも明確に拒絶したことが認められる。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(5)以上によれば,本件管理職らが原告の職場環境に配慮する義務を怠ったとする原告の主張は,いずれも採用することができない。
<18p> 3行目から
第4 結論
よって,原告の請求は,その余の争点を検討するまでもなく理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について民訴法61条を適用の上,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第25部
裁判官 鈴木雅久
裁判官 川北 功
裁判長裁判官岡崎克彦は差し支えにより署名押印することができない。
裁判官 鈴木雅久
これは正本である。
平成28年12月16日
東京地方裁判所民事第25部
裁判所書記官 本多香織
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